昇汞記

うたのゆくへ

審問

 長庚ゆふつづは秘色に染みていささかのシアン化カリウム胸に沁みいる

 耳朶へ灰、此岸に根雪、とがおへどなほゆきあかり 陳べよ福音ゴスペル
  
 この身へと恩寵グラーティア刻むべきかな わがあらぼねの上メシア行きすぐ

 黄金わうごんに鴇色に空焼けただれたましひのともしびうすあかり

 星ひゆる河岸にとどまり吾が遺骨なべて宿世の図像イコンとせり

 たまの漏る器は小夜になづさひて 流氷のあひに崩ゆるホザンナ

 沈黙のおほきざはしをすぐるをり契約の箱はきよき残骸

 暗黒行 削られてゆく鳥たちの貌・臓器・骨、串刺しの喉

 れ目より下疳をむさぼる牛刀の病者びやうざのうちにもだありぬれば

 闇時雨 文盲の吾がための識閾に吊られたるタブラ・ラサはも

 さきはひを着崩しつつうつうつのかがよひはつる奈落のきりぎし

 悪霊をすかして見ゆる皀莢さいかちに蝉躁わくゑとへはたへに

 いまだ鼓動たかく響かす生身ゆり留金のやう骨、皮はづせり

 まなことぢ酷寒の棺に火ともすころ乾船渠かんドックへ驟雨のあふれき

 うち棄つるものなきにしてあやしまず 薄目に見る死後の檳榔樹